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  そうかそうか、わかりもうした。
  ………いやいや、せっかくの休みなのに申し訳ないことで……
  ……ええ、ええ……はいはい、じゃあまた
 国領慶之助は受話器を置いた。
 電話は永末佐和子からだった。
 大型連休を利用して仰木美弥が仙台へ来る予定だから、ふたりで寺を手伝いに来るという。
 国領はいま、APCDに罹ったために居場所を失った人々の面倒を、無償でみている。
 連合いが亡くなってから、ガランとしてすっかり寂しくなったこの寺も、ずいぶんとにぎやかになった。
 とはいえ、住み込みのボランティア2名とともに少ない寄付金の中でやりくりしていくのはたやすいことではない。
 再度、電話が鳴った。
 電子パネルには「赤鯨衆 仙台支部」の文字が光る。
 "赤鯨衆"はAPCD患者達の支援団体としては先駆け的存在で、その名も今や全国区だ。
 国領に対しても何度か援助の話があったが、その度に断ってきた。
 この組織のトップが400年前の怨霊だということを知っている国領には、現代人としての意地のようなものがあったからだ。
 けれど今、自分の心に生じる迷いをどうにも出来ないでいた。
 この先自分に万が一のことがあれば、すぐにでもこの寺は立ち行かなくなるだろう。
 そうなる前に、しっかりとした組織の一部に組み込んでもらえば、少なくともここにいる者たちは困らなくてすむのではないか。
 そんな風に考えるのも、歳を取った証拠だろうか……。
 鳴り止まない電話を前に、国領は立ち尽くすしかなかった。
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「なんじゃこりゃあ!!」
 長秀がカレンダーをみながら声をあげた。
「こんなとこに連休があんぜ!」
 今年はたまたま暦の関係で、9月にも連休がある。
「シルバーウィークというらしいな」
「は~、盆で休んだくせに、ま~た休む気かよ」
「いいじゃないか。働きすぎなんだ、日本人は」
 それにきっと多少の経済効果なんかもあるはずなのだ。
「働きたい奴は働かせときゃあいいんだよ」
 両腕を頭の後ろへやり、椅子に踏ん反り返る長秀に、男は眉を上げて見せた。
「お前も見習わないとな」
「んなにぃ?人を怠け者みてーに。こちとら毎日ひーこら走りまわってんじゃねーか」
「そうか?」
「そーだよ。褒めてもらいたいくらいだね」
「それは気が付かなかった」
 横を向いた男の口元には、笑みが浮かんでいる。
「せめて俺が気付く程度にはがんばってもらわないとな」
(こいつ………)
 長秀は疑いの眼をじっと男に向けた。
(景虎の性格まで受け継いじまったんじゃねーだろーなあ)
 "前"大将は、身内に対して変に示威的なところがあった。
 "現"大将の長所はあくまでも合理的なところ(一部見境がなくなる分野もあるが)だったはずなのに。
 これ以上、女王じみてきませんように、と長秀は本気で祈った。




 パチパチと、おなじみの音が優しく耳に響く。
 線香花火を手に持って、高耶と直江は向かい合っていた。
「おふくろがいた頃はほんとによくやったなー。美弥、ちゃんと覚えてっかな」
「覚えてますよ。そういうことは忘れないものです」
「そっかなー」
「橘家も毎年必ず兄の子供たちとやっていますよ。彼らもきっと覚えていてくれてるでしょう」
「覚えてんだろ。義明おじちゃんにいっつも横取りされたなーとかな」
 揶揄するような高耶の表情を、美しくも儚い火花が照らし出す。
「そんな、大人げない事はしませんよ。おじちゃんとも呼ばせてませんし」
「んじゃあ、何て?」
「義明おにいちゃま」
「……へえ」
 多少引き気味に、返事をする高耶だった。




「義明、前期の決算の時の──……。何やってる」
「いえ、ちょっと」
 直江の部屋にはそこらじゅうに浴衣が掛けられていた。
 花火をやるから松本に集合、と千秋から連絡があったのだ。
 浴衣厳守、とのことだったから、ありったけを箪笥からひっぱりだして、
どれにしようかと吟味していたところだったのだ。
「浴衣でデートか。風流だな」
「デートではないんですけどね」
「女の子は慣れない履物で疲れやすいから気をつけてあげるんだぞ」
「いえ、だから……」
「おっともうこんな時間か、じゃあがんばれよ」
「………ええ」
 決算の話はどこへいったのか、と訊く気すら起きなかった。




「お兄ちゃん、見て」
 美弥は高耶に、去年のお祭りで着た浴衣を羽織ってみせた。
 ぎりぎりまで裾を伸ばしてあるというのに、見事につんつるてんだ。
「美弥、新しいの買うからついでにお兄ちゃんも買おう!」
「オレはいーって」
「いーじゃん、一緒に花火でもしようよう!」
 駄々をこねる美弥にしょうがないな、と高耶は眉を垂れた。
「あ、そうだ。せっかくだからみんなで浴衣で集まって花火しようっと♪」
 浮かれながら廊下へときえた美弥を眼で追う。
 すぐに楽しそうな美弥の声が聞こえてきた。
 高耶はてっきり学校の友達あたりを誘っていると思い込んでいるが、
実は電話の相手は千秋である。
 ふと高耶の脳裏に、とある男の浴衣姿が思い浮かんだが、
あまりに様になっていた為に、思わずため息を吐いた。



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