「すげえ雨だな」
ホテルの部屋の窓辺に立って、千秋はそう言った。
先程から降り出した雨は急激に勢いを増してきて、大きな窓を激しく叩きつけ
ている。
「そろそろ着くんじゃねーの」
傍らには、部屋に備え付けの小さな椅子へ窮屈そうに腰掛ける小太郎がいた。
「景虎、駅から歩いてくんだろ」
「そのはずだが」
「………迎えにいってやれば?」
そこまで言って、やっと小太郎は理解したようだ。
「そうだな」
忍びらしからぬゆったりとした動きで、立ち上がる。
「フロントに言えば傘貸してくれるぜ」
「わかっている」
見慣れた黒いスーツ姿で、小太郎は直江の仕草そのままに、部屋を出て行った。
小さくため息をついた千秋は、眼鏡を外すとレンズを磨き出す。
「なんだよ」
不機嫌な声で、千秋は言った。
「言いたいことがあんなら言えよ」
「……別にぃ」
背後のベッドに腰掛けて、一連のやり取りを見ていた綾子が答える。
「なんだかんだ言って、面倒見がいいのよねえ」
「………あぁ?」
眉間にしわを寄せる千秋に対して、綾子は満足げな笑みを浮かべた。
ホテルの部屋の窓辺に立って、千秋はそう言った。
先程から降り出した雨は急激に勢いを増してきて、大きな窓を激しく叩きつけ
ている。
「そろそろ着くんじゃねーの」
傍らには、部屋に備え付けの小さな椅子へ窮屈そうに腰掛ける小太郎がいた。
「景虎、駅から歩いてくんだろ」
「そのはずだが」
「………迎えにいってやれば?」
そこまで言って、やっと小太郎は理解したようだ。
「そうだな」
忍びらしからぬゆったりとした動きで、立ち上がる。
「フロントに言えば傘貸してくれるぜ」
「わかっている」
見慣れた黒いスーツ姿で、小太郎は直江の仕草そのままに、部屋を出て行った。
小さくため息をついた千秋は、眼鏡を外すとレンズを磨き出す。
「なんだよ」
不機嫌な声で、千秋は言った。
「言いたいことがあんなら言えよ」
「……別にぃ」
背後のベッドに腰掛けて、一連のやり取りを見ていた綾子が答える。
「なんだかんだ言って、面倒見がいいのよねえ」
「………あぁ?」
眉間にしわを寄せる千秋に対して、綾子は満足げな笑みを浮かべた。
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"ありがとう"でも、"あいしてる"でも、
伝えきれない想いがあることを、
おまえならわかるだろう?
振り返るには永すぎるオレたちの四百年。
どの瞬間にも、おまえの存在がオレを支えていた。
オレという人間を語るとき、おまえの存在無しには語れないだろう。
そのことを、おまえがどう思うかはわからない。
けれどそれは誰にも覆すことの出来ない事実で、真実だ。
オレとおまえがともに歩んできた時間を、もう天も運命も否定できない。
おまえが呪い続けたものたちに邪魔をされない力を、おまえは手に入れた
のだと思わないか。
そう思えば、おまえのこの先の道が、少しは違って見えてこないか。
おまえのおかげでオレの人生がどれほど救われたか。
おまえの苦しみや、やさしさや、ほんのわずかな感情や行為に、オレの
人生がどれほど彩られていたか。
おまえなしでは決して見ることのなかった景色が、どれほど多いか。
おまえと一緒だったから乗り越えられた困難が、どれほど多いか。
そのことをずっと、忘れないで欲しい。
覚えていて欲しい。
オレという存在を想うとき、おまえもずっと共にあったのだとういうことを、
必ず一緒に想って欲しい。
直江。
伝えきれないとわかっていても、今この言葉をおまえに言いたい。
オレという存在の全てをかけた強さをこめて。
ありがとう。
そして、あいしてる。
伝えきれない想いがあることを、
おまえならわかるだろう?
振り返るには永すぎるオレたちの四百年。
どの瞬間にも、おまえの存在がオレを支えていた。
オレという人間を語るとき、おまえの存在無しには語れないだろう。
そのことを、おまえがどう思うかはわからない。
けれどそれは誰にも覆すことの出来ない事実で、真実だ。
オレとおまえがともに歩んできた時間を、もう天も運命も否定できない。
おまえが呪い続けたものたちに邪魔をされない力を、おまえは手に入れた
のだと思わないか。
そう思えば、おまえのこの先の道が、少しは違って見えてこないか。
おまえのおかげでオレの人生がどれほど救われたか。
おまえの苦しみや、やさしさや、ほんのわずかな感情や行為に、オレの
人生がどれほど彩られていたか。
おまえなしでは決して見ることのなかった景色が、どれほど多いか。
おまえと一緒だったから乗り越えられた困難が、どれほど多いか。
そのことをずっと、忘れないで欲しい。
覚えていて欲しい。
オレという存在を想うとき、おまえもずっと共にあったのだとういうことを、
必ず一緒に想って欲しい。
直江。
伝えきれないとわかっていても、今この言葉をおまえに言いたい。
オレという存在の全てをかけた強さをこめて。
ありがとう。
そして、あいしてる。
どんな風景にでも、お前の姿を求めるようになって、気付いたことがひとつある。
もしかしたらお前も、長いこと誰かを探していたのではないだろうか。
毎朝、新聞各紙を必ず読み込んでいたし、街中で、お前の視線が一点に定まること
はなかった。
脈絡のない土地に突然旅に出たり、繋がりの見出せない人間から電話がかかって
きたりしたのも、全てはそのためだったのではないだろうか。
と、ここまで書いて、推理小説の読みすぎだというお前の声が聞こえた。
確かに、全ては想像に過ぎない。
けれど俺は今、お前が思う以上に、お前との距離を詰めていると思う。
膨大な量の情報がある。協力者もいる。
先程書いた「探していたのかもしれない人物」についても心当たりがある。
お前の目の前に立って、思う存分言いたいことを言ってやれるのも、もうすぐじゃ
ないかと思っている。
お前は嫌がるだろう。
けれど、俺はお前が憎くてしている訳じゃあない。
お前が家族を棄てる覚悟でいたとしても、お前の身体に流れる血は橘のものだ。
俺はそのことを嬉しく思っているし、誇りに思っている。
次に会ったらそのことも、きちんと目を見て言うつもりだ。
橘 照弘
もしかしたらお前も、長いこと誰かを探していたのではないだろうか。
毎朝、新聞各紙を必ず読み込んでいたし、街中で、お前の視線が一点に定まること
はなかった。
脈絡のない土地に突然旅に出たり、繋がりの見出せない人間から電話がかかって
きたりしたのも、全てはそのためだったのではないだろうか。
と、ここまで書いて、推理小説の読みすぎだというお前の声が聞こえた。
確かに、全ては想像に過ぎない。
けれど俺は今、お前が思う以上に、お前との距離を詰めていると思う。
膨大な量の情報がある。協力者もいる。
先程書いた「探していたのかもしれない人物」についても心当たりがある。
お前の目の前に立って、思う存分言いたいことを言ってやれるのも、もうすぐじゃ
ないかと思っている。
お前は嫌がるだろう。
けれど、俺はお前が憎くてしている訳じゃあない。
お前が家族を棄てる覚悟でいたとしても、お前の身体に流れる血は橘のものだ。
俺はそのことを嬉しく思っているし、誇りに思っている。
次に会ったらそのことも、きちんと目を見て言うつもりだ。
橘 照弘
昨年末、待望の男の子が生まれて、我が家はとうとう4人家族になりました。
橘の家では今、彼が一番の人気者です。
まるで、お前が生まれたときのように。
子供達にはお前のことをきちんと知っていて貰いたいから、ことあるごとに
色々と話して聞かせています。
お前がいったい、どういう人間なのかということを。
世間でお前のことが少しだけ騒がれたとき、そのあまりに酷い内容に、感じた
ことのない怒りが沸き起こりました。
それと同時に、うちの子たちだけには真実のお前について知っていて貰わなく
てはいけないと、強く思ったのです。
あの時の怒りはまだ、自分の中では消化できていません。
いないけれど、ひとつだけ、驚くべき報告があります。
まだ私と妻しか知らないことだけど、実は上の女の子には、お前が持っていた
のと同じ、特異な才能があるようで、お前のしている事について、時々教えてく
れることがあります。
妻は半信半疑のようですが、私は不思議と信じられる。
いずれ、そのことについてもお前の口から話しが聞けると信じています。
世間が何と言おうとも、私達家族はいつでもお前の味方です。
言わずとも、わかってはいるだろうけど。
お前の生まれた家はひとつ、帰る家もひとつです。
そのことを忘れないように。
では、また。
いずれ会うときまで、きちんと自愛してください。
橘 義弘
橘の家では今、彼が一番の人気者です。
まるで、お前が生まれたときのように。
子供達にはお前のことをきちんと知っていて貰いたいから、ことあるごとに
色々と話して聞かせています。
お前がいったい、どういう人間なのかということを。
世間でお前のことが少しだけ騒がれたとき、そのあまりに酷い内容に、感じた
ことのない怒りが沸き起こりました。
それと同時に、うちの子たちだけには真実のお前について知っていて貰わなく
てはいけないと、強く思ったのです。
あの時の怒りはまだ、自分の中では消化できていません。
いないけれど、ひとつだけ、驚くべき報告があります。
まだ私と妻しか知らないことだけど、実は上の女の子には、お前が持っていた
のと同じ、特異な才能があるようで、お前のしている事について、時々教えてく
れることがあります。
妻は半信半疑のようですが、私は不思議と信じられる。
いずれ、そのことについてもお前の口から話しが聞けると信じています。
世間が何と言おうとも、私達家族はいつでもお前の味方です。
言わずとも、わかってはいるだろうけど。
お前の生まれた家はひとつ、帰る家もひとつです。
そのことを忘れないように。
では、また。
いずれ会うときまで、きちんと自愛してください。
橘 義弘
近頃は、日を追うごとに緑の勢いが増していきますね。
植物のしたたかさにはいつも感動させられるとあなたが言ったこと、
覚えていますか?
まだほんの10歳のころのことです。
この季節になると、どうしてもあなたが小さかったころを思い返して
しまいます。
あなたを初めてこの手に抱いたときのこと。
お友達がたくさん来てくれた、お誕生日会。
檀家さんの中には、五月三日になると未だにケーキを持ってきてくれる
方もいるのですよ。
ここには、あなたを想っている人たちがたくさんいます。
とくに照弘は、私には何も言いませんが、あなたに会うために色々と
手をまわしているようです。
私のほうは、とにかく無事で、できれば幸せでいてくれればそれでいい。
そう思うようになりました。
去年病気をしたせいで、少し弱気になっているのでしょうか。
それでも、どこかの地であなたが、私たち家族のことを想っているだろう
ということは信じています。
あなたは本当に、家族想いの子でしたから。
自分の心の内に何か大きなものを抱えていても、私たちを気遣う優しさ
だけはなくさない。
そういう子でしたから。
では、身体にだけは気をつけて。
煙草はほどほどに、きちんと三食をとってください。
あなたの幸せと心の安らぎを、心の底から願っています。
橘 春枝
植物のしたたかさにはいつも感動させられるとあなたが言ったこと、
覚えていますか?
まだほんの10歳のころのことです。
この季節になると、どうしてもあなたが小さかったころを思い返して
しまいます。
あなたを初めてこの手に抱いたときのこと。
お友達がたくさん来てくれた、お誕生日会。
檀家さんの中には、五月三日になると未だにケーキを持ってきてくれる
方もいるのですよ。
ここには、あなたを想っている人たちがたくさんいます。
とくに照弘は、私には何も言いませんが、あなたに会うために色々と
手をまわしているようです。
私のほうは、とにかく無事で、できれば幸せでいてくれればそれでいい。
そう思うようになりました。
去年病気をしたせいで、少し弱気になっているのでしょうか。
それでも、どこかの地であなたが、私たち家族のことを想っているだろう
ということは信じています。
あなたは本当に、家族想いの子でしたから。
自分の心の内に何か大きなものを抱えていても、私たちを気遣う優しさ
だけはなくさない。
そういう子でしたから。
では、身体にだけは気をつけて。
煙草はほどほどに、きちんと三食をとってください。
あなたの幸せと心の安らぎを、心の底から願っています。
橘 春枝