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『 桜 1/3 』≪≪    ≫≫『 春 2/3 』   
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 この江戸には、春の到来など気にも留めないひとがいる。
 翌朝早く、直江は景虎の家にいた。
「ずいぶん暖くなりました」
 鉢植えをみっつ、並べて置いた景虎は、まず右端の植木から水をやり始めた。
「そういえばそうだな」
 葉を掻き分けながら、ゆっくりとした手つきで如雨露を傾ける。
「近頃は水捌けが好い」
 いつも似たような着物を着ている景虎は、季節の移り変わりにも無頓着な様子だ。
「梅を見に出掛けたりはしないのですか」
 これからの時期の桜には、どうしたって人が集まる。
 昔に倣う意味もあって、景虎が桜よりも梅を好むことを、直江はよく知っていた。
 しかし景虎には一緒に出掛ける人間などいないだろう。
 この家を訪ねてきて、客がいた例がない。
 もしかしたら自分が一番頻繁に、この家を訪れているかもしれない。
 そんな風に考えていたら、景虎は違う意味で首を横に振った。
「もう少ししたら雪も解ける」
 ───そうだった。
 雪がなくなり道が往き易くなったら、景虎は原料調達と錺り物の研究という名目で、
久々の長旅に出ることになっている。
 もちろん実際は、怨霊調伏の為だ。
「そうなれば、梅などいくらでもみかけるだろう」
「……………」
 直江が言いたかったのは、そういうことではない。
 ただ景虎を、遠出に誘いたいと考えていただけなのだ。
 本当なら、旅にだって同行したいと思う。
 昔のように寝食を共にする生活をもう一度してみたい。
 いつ帰るかもわからない人間を待つ時間を考えて、心がひどく重たくなった。
 そんな直江を見透かしたように、景虎は言う。
「長旅にはならない」
 手元では、やっとみっつめの植木の水やりに取り掛かっている。
「………だとよいのですが」
 今はそう思っていても、いざ出てしまえば何年も戻らない可能性だってある。
 覚悟だけはしておかなければ、と思っていたら。
「見飽きた顔も、旅先では恋しくおもう」
 景虎は、ふっと微笑った。
「すぐ戻るさ」
 流し目で言われて、直江は一瞬、呼吸の仕方がわからなくなった。
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