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 昨日の夜、失踪騒ぎを起こした弟は、結局眠ることができ
なかったらしく、赤い目を擦りながらやってきた。
 朝からどこかに電話を掛けていたみたいだと、母親からは
聞いている。
 そろそろ出掛けようかと思っていた照弘は、いったい何を
していたのかを問い質してみた。
 すると、
「……星をみていたんです」
 弟は、言い訳のようにそう言った。
(星、ねえ……)
 そんな趣味があるとは初耳だったが、
「なあ。なら今夜、星を見にでかけないか。きっと今なら
白鳥座が見える」
 意地悪な意味でなく、気分転換にでもなればと誘ってみた。
「特別な星座ですか?」
「デネブっていう有名な星を持っていてな、北十字星、ノーザン
クロスと呼ばれることもあるんだ」
「ノーザン……クロス……」
「もしほんとに行くんだったら、今日はたっぷり昼寝しとけよ」
「……わかりました」
 出掛ける間際、義明に星座の本を手渡してやると、嬉しそうに
持って行った。
「照弘」
 玄関で靴を履く照弘に、母親が声をかけてくる。
「ありがとう」
 照れ隠しに肩をすくめて、
「星が好きだったとは、知りませんでしたね
と返した。
 すると母は、
「ロマンチストなのよ、義明は。私に似たんですねえ、きっと」
などと言ってくる。
「はいはい」
 心配性のくせにとぼけているところなどは、むしろ自分の方が
母に似てるだろうに。
 そう思いながら、照弘は苦笑いで家を出た。
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 空が明るくなってきた。
 夜勤明けの色部勝長が少しでもリフレッシュしたいと思い、
窓を全開にして歯を磨いていると、
「佐々木先生、橘くんって男の子から」
「おお」
 背後から声がかかって、慌てて口をゆすいだ。
 古めかしい黒電話の受話器を取り上げる。
「どうした、何かあったか」
『朝早くにすみません。昨日の夜、不思議な気配を感じません
でしたか』
 直江は、挨拶もそこそこに問いかけてきた。
「いや、特にはなかったが」
『口で言うのは難しいんですが、胸騒ぎと言うか……何か大きな
事件でもあったのかと』
「取り立てて聞いてはいないな。一応、八海に連絡を取っておこう」
『……ええ、お願いします』
 多少気落ちした声が、受話口の向こうから聞こえてきた。
「どうだ、最近は?」
───……何も変わりはないですよ』
 変わりたくたって変わりようがない、と相変わらず自虐的な
答えが返ってくる。
 下手すると小学生であることを忘れてしまいそうにもなる。
『前にした夢の話、覚えていますか』
「ああ、謙信公が夢枕に立って、景虎の今後はお前に掛かって
いると言ったっていうあれか』
『ええ。あれからもう半年以上が経つというのに、何も状況が
変わらない」
「……直江」
 焦るな、と言ったって聞きやしないだろう。
 が、他に言葉の掛けようが無い。
『もう、10年です』
「わかっている」
 直江がこれほどに焦っているのは、景虎の無事を確かめたい
からなのか。
 それとも。
(自らの贖罪のためか……)
 色部が顎に手をやりながら考えていると、
『昨日空をみていたら───
 何かを喋りかけた直江がは、そのまま口を噤んでしまった。
「なんだ?」
『いえ、いいんです』
「………そうか?」
 訪れた沈黙を何とかするために、
「空を見るのはいいことだ、直江」
 色部は言った。
「景虎も、空を見上げているかもしれないぞ。少なくとも、
同じ空の下にいることには間違いない」
『……色部さん』
 その後も結局、大した話も出来ずに電話を切った。
 自然とため息が漏れる。
(気休めにもならないな)
 直江はいつだって、切羽詰ったような声をしている。
 何とかしてやりたいとは思うが、何とか出来るのはひとりだけ
なのだ。
(いったい、どこで何をやっている?)
 色部は懐かしい面影を、早朝の空に映し出した。




 7月も、あと一週間もすれば終わってしまう。
 夜半過ぎ、眠ったはずの三男が床にいないことに気付いたのは夫だった。
 世の小学生ならばこの時期、始まったばかりの夏休みにわくわくして
眠れないこともあるかもしれない。
 けれど息子に限ってはそんなはずもなく、慌てて長男を叩き起こして
夫とともに家中を捜しまわってみたが、見つからない。
 すぐにでも警察に、と思って受話器を取ったのだが、
「いや、少し待ってみよう」
 夫はあくまでも悠長だ。
 だから、抗議のつもりで家の外を見てくるからと玄関を飛び出した。
 とそこで、境内の片隅の人影らしきものが目に入る。
 パジャマ姿のままで佇む、三男・義明だった。
 心の底から安堵したせいか、見つかったら厳しく叱りつけようと思って
いた気持ちも、ため息とともにどこかへ消えてしまう。
 空を見上げる後ろ姿をまじまじと見つめて、以前よりも身体つきがしっかり
としてきたことに気付いた。
 来年はもう6年生だ。
 背丈も今年に入ってからぐんと伸びたせいで、今にも自分を追い越しそうだ。
「何か見えますか?」
───お母さん」
 それでも、振り返った表情は未だ子供のものだった。
「誰かに……呼ばれたような気がしたんです」
 そう言って、また空を見上げてしまう。
 それは所謂幽霊の類だろうか?
 この三男は特にそういった力が強いらしく、夫がいつも感心している。
「お父さんを呼びましょうか」
「いえ、そういうんじゃなくて………」
 息子は、何かを散々迷った後で、
「すみません、少しだけ独りにしてもらえますか」
と言った。
 仕方なく、きちんと床につく約束だけを取り付けて、夫のところへ報告に戻る。
「気が済んだら戻ると言っているんだろう?なら、放っといてやろう」
 そうは言われても、やっぱり心配でしょうがない。
 自分の部屋へと戻っていく長男を横目で見ながら落ち着かないでいると、
叱られてしまった。
「義明を信じなさい」
 もちろん、信じてはいる。けれど……。
「身体こそ大きくなりましたけど、まだまだ子供としか思えません」
 すると夫は、
「それはそうだ」
と頷きながら、
「私達は親なんだから。私達にとって、義明は一生子供のままだ」
 笑ってそう言った。




───雨は、誰の上にも平等に降る

 いつだったか、彼が好きだと言った言葉は、自分の中にずっと残っていて、
雨が降る度に思い出される。
「……こと、───誠?」
「はい」
「どうした、何かみえるか」
 辰美慶嗣こと里見義堯は、部下でもある開崎のことを下の名前で呼んだ。
「いえ、別に何も」
 呼びなれない名で呼ばれて、すぐには返事ができなかった。
「そうか。また私にもみえぬものがみえるのかと思ったぞ」
 義堯は嬉しそうに笑う。
「お前は霊査能力にも長けているからな。先週の除霊術も本当に見事だった」
 義頼に、力試しだとかいって押しつけられた案件のことだ。
 除霊ではなく浄霊だと心の中で訂正しながら、開崎はにこやかに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「例の件も、これからが楽しみだ」
 そこへ待っていたハイヤーが到着した。
 義堯のためにドアを開けると、開崎にも前ではなく後ろに座れと言う。
 信頼は、着実に得られているようだ。
 反対側へとまわり込んで車へと乗り込む前に、もう一度空を見上げた。
 眼鏡越しの空模様は、自分の目で見るのとはまた違って見える。
 どこかできっと、彼もこの空を見上げているに違いない。
 そのわずかな繋がりを心の中へ大切にしまいこむと、開崎は後部座席のドアを
開けて車へ乗り込んだ。




 改札口の真正面で待ち構えていた小太郎に、高耶は驚いた顔をした。
「何だよ」
「ひどい雨でしたので」
 迎えに参りました、と言うと、
「………そうか」
 決して嬉しそうな顔はしないけど、機嫌はよさそうだ。
「で?」
「はい?」
「何でひとつしかねーんだよ」
 高耶は小太郎の手元を指差した。
「カサ」
「……ああ」
 言われてみれば小太郎は、自分が差してきた傘を持っているだけだ。
 高耶の分がない。
 これでは迎えに来た意味がないではないか。
 思わぬ失態に言葉を失っていると、
「らしくねーな」
 めずらしく、高耶が笑った。
「相合傘なんて、嫌だぜ?」
 その笑顔に一瞬気を取られつつも、
「私は大丈夫ですから」
と、傘を差し出す。
「あなたが差してください」
───……」
 それに対して、高耶は首を横に振った。
 そして、空を見上げて瞳を細める。
「いらない」
 あれほどに激しかった雨も単なる夕立だったようで、空は明るさを
取り戻しつつある。
 雨粒も小さくなってきた。
「雨に濡れるのが好きなんだ」
 視線を、小太郎へと戻す。
「知ってるだろう?」
「……ええ」
 小太郎は、直江の微笑みを作りながら答えた。
 しかし何故か、心にちくりと小さな痛みを感じる。
───?)
 その痛みが、高耶の過去を知る直江への嫉妬心なのだとは、その時の
小太郎には知る術がなかった。



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