忍者ブログ


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。





 高耶がいま、何を考えているのか。
 高耶自身が口を開かずとも、眼をみていればすぐに解る。
 状況を説明する隊士の顔、手にした書類、意見を言う兵頭と、次々に視線が移る。
 頭の中で着々と段取りが決まっていくのが、手に取るように感じ取れるのだ。
 人選で迷っているらしく、待機中の隊士達のほうへ視線を滑らせるが、目ぼしい者がいないらしい。
 ならば十数秒後に名前を呼ばれるのは自分だろう。
 ずっと無言だった高耶が初めて何かを言った。
 意見しようとする兵頭を制して、直江の方を向く。
 迷いの無い、まっすぐな視線。
 それだけで、この作戦がうまくいくとわかる。
「橘」
 思った通り。
 直江は姿勢を正して、返事をした。
PR




  月が……

 乱れる息の中、高耶が必死に空に向かって手を伸ばす。
 男は顔を上げた。

  月が……いな……

 四国の空を雲が覆ってからもうかなりが経つ。

  あんなもの、あったってなんの役にも立たない

  オレを……呼んでる……

  呼んでなんかいない

  ないて……る……

 長く伸びる高耶の手を、力ずくで自分の胸に抱え込んだ。

  月はもう二度と現れない

  な……んで……

  俺が隠したから

  どう……し…

  あなたの名前を呼ぶのは俺だけでいい

  ………

  あなたを思って泣くのは俺だけでいい

 高耶は視線を目の前の男へと移した。

  なおえ……

 その名を呼んで、静かに眼を閉じた。




 太陽に手をかざすと、指の合間から光が溢れた。
 昼間の祖谷は、夜とはまた違った動物たちで賑やかになる。
 その邪魔にならないよう、高耶は大きな石の上に横たわっていた。
 雲ひとつ無い、真っ蒼な空。
 だがしかし、今日が朔であることを高耶は知っていた。
 痛い程に眩しい太陽光が、ひとつだけ残ったまともな眼球を痛めつけても、
 高耶の視線は青空を彷徨う。
 どうしても探してしまうのだ。
 太陽の傍にあるはずのもの。
 しかしどこにも見当たらなかった。
 間違いなく、そこにあるはずなのに。
 光に敗けて、姿すら現せない月。
(直江………)
 高耶の目尻から、一筋の雫がこぼれた。




 その晩は見事な満月だった。
 どうしても眠りにつくことが出来ず、直江は部屋の窓を開けた。
 未だに高耶の足取りすらつかめない。
『望みなき追跡だと……!』
 鮎川の言葉が、今更ながら直江の心を焦らせる。
 空には月が、ぽっかりと浮かんでいた。

  あの人はどこにいる?
  お前には見えているのだろう
  教えてくれ

 もちろん月が答えることはない。
 こんなにも焦がれている人の姿を、
 楽々と目に出来る月が憎らしかった。




 大型連休の喧騒も遠い山中の田舎道を、一人の少年が歩いている。
 夕暮れ時に近づいて、やっと強い日差しも和らいできた。
 換生したての幼い宿体はあまり丈夫でなく、熱中症気味なのかくらくらする。
 空にはここいらをねぐらとする黒く光る美しい羽を持った鳥達が舞っていた。
 彼らのおしゃべりに聞き耳を立てれば、目的地がそう遠くないことがわかる。
 と、正面から背の高い若者がこちらへ歩いてくるのが見えた。
 足場のよくない道だというのに、随分と慣れた足取りだ。こちらに気付いたらしい。
 普段まるで人気のない場所に突如現れた子供に驚いた風で、訝しげにみてくる。
 が、その正体が分かったのかいきなり声を上げた。
「貴様……っ」
「これはこれは風魔の」
 昔とは違ってひどく人間らしい表情を浮かべる忍頭に、少年は絹の黒髪を揺らしながら赤い唇で微笑みかけた。
「一体何の用だ……?」
「全国各地が赤鯨衆の手に落ちる中、未だ領土を明け渡すことなくおられる氏康公に、一言ご挨拶がしたくて参ったのですよ」
「……北条は赤鯨衆とは協力関係にある。領土云々の問題では無い」
 若者は後ろ髪のつけ毛を揺らして警戒している。その殺気を感じたのか、空にいた鴉達がいっせいに騒ぎ出し、少年を護るようにして降り立った。
 威嚇のつもりなのか、ギャアギャアと鳴き立てる。
「ともかく、お目通り願えますかな」
 若者は未だ警戒を解いてはいなかったが、無言でついてくるように促すと踵を返した。



next≪≪   ≫≫back   
おまけIndex

        










 忍者ブログ [PR]