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『 紅葉 1/3 』≪≪    ≫≫『 重陽 2/3 』   
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こうして兄と、仕事や政治や経済や、くだらない世間話なんかをしていると、
まるで時間が以前に戻ったかのように錯覚しなくもない。
 しかし、思い返してみれば、ここ数カ月は怒涛の事件の連続だった。
 松本に始まり、山形、仙台、東京。奈良。そして……福井と日光。
「どうした」
 直江の表情が沈んだのに気付いて、兄が声をかけてくる。
「いえ………。菊の香りというのは、唯一無二ですね」
「うん?」
「他に、例えようがないというか……」
「まあ、そうかもな。紫蘇や、この茗荷もそうだな」
 直江も兄の真似をして茗荷の浅漬けを口に放り込むと、独特の風味が鼻孔に
まで広がった。
 菊や、茗荷の香りを比喩で伝えようとしてみたところで、結局、菊の香り、
茗荷の香り、と表現するのが一番しっくりくるだろう。
(きっと、あのひともそうなんだ)
 虎に例えてみても、星に例えてみても、音楽家に例えてみても、神の子に
例えてみても、彼は彼、だ。
 形容のしようがない、あえてするなら"景虎らしい"としか言えないような、
強烈な色。唯一無二の魂。それが"彼"だ。
 あらゆるものの強さと美しさを内包し、且つあらゆるものの脆さと繊細さを
内包し………。
「義明」
 呼ばれた直江はハッと顔をあげた。
 兄は探るような顔つきで、こちらを睨んでいる。
「……すみません」
 また、トリップしてしまった。
「義明。俺はな、自分の子供たちよりよっぽどお前の方が心配なんだ」
「わかっています」
 照弘は自分の子供相手となると見事に放任主義となる。
 まあ、義姉がしっかりしているから出来ることではあるのだが。
「ひとりで大きくなったと思うなよ」
「?」
「俺やお前がここまで来れたのは、親父さんとお袋さんが立派に家を護ってきた
からだ。けどな、俺はもう、ふたりには自分たちの事だけを考えて貰いたい」
「兄さん」
「ふたりの役目を引き継ぐのは俺たちだ。いいか、俺と義弘とお前と三人で
橘の家を護っていくんだぞ」
 いきなり真面目な顔になって語り出した照弘に、直江は少々面食らってしまった。
「どうしたんですか、急に」
「わからん」
 兄は本当に解らないと言った風に、首を振りながら俯いた。
「でも、なんだか今言わなくちゃあいけないような気がしたんだ」
 歳かな……と小さく呟く。
 確かに、直江より十二歳上の兄はもう不惑だ。
 先々のことを考えてしまうのもよくわかる。
 再び女将が入ってきて口を噤んだ照弘だったが、やがて
「どこにも行くなよ」
 けん制するように言った。
「……行きませんよ」
 すると、それを聞いた女将が、ふふ、と笑った。
「熱々の、カップルみたい」
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