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母が台所で、菊の花を花瓶に活けている。
 それを見て、照弘は思わず声をかけた。
「仏間に入りきらなかったんですか」
「違いますよ。宮下さんが持って来てくださったの」
 ああ、そういえばそんな時期か、と照弘は頬を撫でた。
「菊の節句ですか……」
 宮下さんといえば檀家さんのひとりで、庭で菊やら蘭やら
色々と凝ってやっている人なのだが、毎年この季節になると
必ず食用菊を届けてくれるのだ。
 とそこへ、末の弟がふらりと現れた。
「またしばらく留守にするかもしれません」
 そう、母に告げる。
「まあ、またですか!?今度はどこ」
「まだはっきりとは」
 そう答える弟の顔は、何だか少し疲れて見える。
 母もそれを察したのか、
「決まったら、ちゃんと言うんですよ」
 それ以上は声を荒げなかった。
「ええ」
 弟を見つめる、心配そうな母の横顔……。
「義明」
「はい」
「今晩、どうだ」
 照弘は弟に向かって、杯を傾ける仕草をした。
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『ありがとーな』
 金魚の画像を送ったら、高耶からお礼の電話がかかってきた。
「いいえ。お役に立ててよかったです」
『で、ほんとのところどうなの。元気にやってんの、金ちゃんは』
「ええ、変わった様子は見受けられませんよ。……まあ、いざとなれば
似たような金魚を買ってきます」
『………直江』
「最終手段ですよ。極力そうならないようにしますから」
『頼んだぞ。……金ちゃんは、特別な金魚なんだから』
「特別?」
『そう。呼べばちゃんと寄ってくるし、エサだって善し悪しがわかるから、
開封してしばらく経ったエサは食わないんだ』
「へえ、そうなんですか……」
 直江は、半信半疑で相槌を打った。

 が、その後、橘家の庭で金魚に呼びかける三男坊の姿が、目撃されたとか
されないとか───




「金ちゃん……」
 美弥は涙を拭きながら鼻をすすった。
「いい加減、泣き止めよ。もう二日も経ってるぞ」
「だって……鯉に食べられちゃったらどうするの?カラスにつつかれたら?
金ちゃんはひとりだけの水槽で大きくなったから、自分より大きい魚を見て、
びっくりして心臓発作で死んじゃってるかもしれない」
「んなわけねーって……。あ、直江からメールだ。………おい、美弥。見てみろよ」
 高耶の携帯電話には、見事な鯉たちに囲まれながら金魚用のエサをパクついている、
赤い金魚の姿が映し出されていた。
「金ちゃんっ!」
「よかったな、元気そうで」
「うんうん!美弥、待ち受けにするから転送してくれる?」
「はいはい」




「池、ですか」
 思わぬ話題に、直江は目を丸くした。
『そう。金魚の天敵がいなそうな池、知らない?放してやりたいからさ。
……金魚って天敵いんのか?』
「さあ……。でも、鯉はなら天敵にはなりませんよね。うちの庭の池に
放してみますか?」
『………おまえんち、池なんかあんだ』
「大きいものじゃありませんよ?けど、金魚一匹くらいなら増えたって
大丈夫でしょうから」
『じゃあ、次こっち来たとき、連れて帰ってくんねえ?』
「わかりました。準備していきますね」




 水槽の中で、赤い金魚が一匹泳いでいる。
 昨晩、近所の祭りで美弥が釣り上げたものだ。
「名前、つけなくちゃな」
「"ナオエ"は?直江さんに奢ってもらってとった金魚だもん」
───死んだとき気まずいから、知り合いの名前はやめような?」
 特に夜店の金魚は弱っていると聞くし。
「………そっか」
 結局、名前は"金ちゃん"になった。
 予想に反してその金魚はすくすくと育ち、仰木家の小さな水槽が
窮屈に見えるまでになった。



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