母が台所で、菊の花を花瓶に活けている。
それを見て、照弘は思わず声をかけた。
「仏間に入りきらなかったんですか」
「違いますよ。宮下さんが持って来てくださったの」
ああ、そういえばそんな時期か、と照弘は頬を撫でた。
「菊の節句ですか……」
宮下さんといえば檀家さんのひとりで、庭で菊やら蘭やら
色々と凝ってやっている人なのだが、毎年この季節になると
必ず食用菊を届けてくれるのだ。
とそこへ、末の弟がふらりと現れた。
「またしばらく留守にするかもしれません」
そう、母に告げる。
「まあ、またですか!?今度はどこ」
「まだはっきりとは」
そう答える弟の顔は、何だか少し疲れて見える。
母もそれを察したのか、
「決まったら、ちゃんと言うんですよ」
それ以上は声を荒げなかった。
「ええ」
弟を見つめる、心配そうな母の横顔……。
「義明」
「はい」
「今晩、どうだ」
照弘は弟に向かって、杯を傾ける仕草をした。
それを見て、照弘は思わず声をかけた。
「仏間に入りきらなかったんですか」
「違いますよ。宮下さんが持って来てくださったの」
ああ、そういえばそんな時期か、と照弘は頬を撫でた。
「菊の節句ですか……」
宮下さんといえば檀家さんのひとりで、庭で菊やら蘭やら
色々と凝ってやっている人なのだが、毎年この季節になると
必ず食用菊を届けてくれるのだ。
とそこへ、末の弟がふらりと現れた。
「またしばらく留守にするかもしれません」
そう、母に告げる。
「まあ、またですか!?今度はどこ」
「まだはっきりとは」
そう答える弟の顔は、何だか少し疲れて見える。
母もそれを察したのか、
「決まったら、ちゃんと言うんですよ」
それ以上は声を荒げなかった。
「ええ」
弟を見つめる、心配そうな母の横顔……。
「義明」
「はい」
「今晩、どうだ」
照弘は弟に向かって、杯を傾ける仕草をした。
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『ありがとーな』
金魚の画像を送ったら、高耶からお礼の電話がかかってきた。
「いいえ。お役に立ててよかったです」
『で、ほんとのところどうなの。元気にやってんの、金ちゃんは』
「ええ、変わった様子は見受けられませんよ。……まあ、いざとなれば
似たような金魚を買ってきます」
『………直江』
「最終手段ですよ。極力そうならないようにしますから」
『頼んだぞ。……金ちゃんは、特別な金魚なんだから』
「特別?」
『そう。呼べばちゃんと寄ってくるし、エサだって善し悪しがわかるから、
開封してしばらく経ったエサは食わないんだ』
「へえ、そうなんですか……」
直江は、半信半疑で相槌を打った。
が、その後、橘家の庭で金魚に呼びかける三男坊の姿が、目撃されたとか
されないとか───。
金魚の画像を送ったら、高耶からお礼の電話がかかってきた。
「いいえ。お役に立ててよかったです」
『で、ほんとのところどうなの。元気にやってんの、金ちゃんは』
「ええ、変わった様子は見受けられませんよ。……まあ、いざとなれば
似たような金魚を買ってきます」
『………直江』
「最終手段ですよ。極力そうならないようにしますから」
『頼んだぞ。……金ちゃんは、特別な金魚なんだから』
「特別?」
『そう。呼べばちゃんと寄ってくるし、エサだって善し悪しがわかるから、
開封してしばらく経ったエサは食わないんだ』
「へえ、そうなんですか……」
直江は、半信半疑で相槌を打った。
が、その後、橘家の庭で金魚に呼びかける三男坊の姿が、目撃されたとか
されないとか───。
「金ちゃん……」
美弥は涙を拭きながら鼻をすすった。
「いい加減、泣き止めよ。もう二日も経ってるぞ」
「だって……鯉に食べられちゃったらどうするの?カラスにつつかれたら?
金ちゃんはひとりだけの水槽で大きくなったから、自分より大きい魚を見て、
びっくりして心臓発作で死んじゃってるかもしれない」
「んなわけねーって……。あ、直江からメールだ。………おい、美弥。見てみろよ」
高耶の携帯電話には、見事な鯉たちに囲まれながら金魚用のエサをパクついている、
赤い金魚の姿が映し出されていた。
「金ちゃんっ!」
「よかったな、元気そうで」
「うんうん!美弥、待ち受けにするから転送してくれる?」
「はいはい」
美弥は涙を拭きながら鼻をすすった。
「いい加減、泣き止めよ。もう二日も経ってるぞ」
「だって……鯉に食べられちゃったらどうするの?カラスにつつかれたら?
金ちゃんはひとりだけの水槽で大きくなったから、自分より大きい魚を見て、
びっくりして心臓発作で死んじゃってるかもしれない」
「んなわけねーって……。あ、直江からメールだ。………おい、美弥。見てみろよ」
高耶の携帯電話には、見事な鯉たちに囲まれながら金魚用のエサをパクついている、
赤い金魚の姿が映し出されていた。
「金ちゃんっ!」
「よかったな、元気そうで」
「うんうん!美弥、待ち受けにするから転送してくれる?」
「はいはい」
「池、ですか」
思わぬ話題に、直江は目を丸くした。
『そう。金魚の天敵がいなそうな池、知らない?放してやりたいからさ。
……金魚って天敵いんのか?』
「さあ……。でも、鯉はなら天敵にはなりませんよね。うちの庭の池に
放してみますか?」
『………おまえんち、池なんかあんだ』
「大きいものじゃありませんよ?けど、金魚一匹くらいなら増えたって
大丈夫でしょうから」
『じゃあ、次こっち来たとき、連れて帰ってくんねえ?』
「わかりました。準備していきますね」
思わぬ話題に、直江は目を丸くした。
『そう。金魚の天敵がいなそうな池、知らない?放してやりたいからさ。
……金魚って天敵いんのか?』
「さあ……。でも、鯉はなら天敵にはなりませんよね。うちの庭の池に
放してみますか?」
『………おまえんち、池なんかあんだ』
「大きいものじゃありませんよ?けど、金魚一匹くらいなら増えたって
大丈夫でしょうから」
『じゃあ、次こっち来たとき、連れて帰ってくんねえ?』
「わかりました。準備していきますね」
水槽の中で、赤い金魚が一匹泳いでいる。
昨晩、近所の祭りで美弥が釣り上げたものだ。
「名前、つけなくちゃな」
「"ナオエ"は?直江さんに奢ってもらってとった金魚だもん」
「───死んだとき気まずいから、知り合いの名前はやめような?」
特に夜店の金魚は弱っていると聞くし。
「………そっか」
結局、名前は"金ちゃん"になった。
予想に反してその金魚はすくすくと育ち、仰木家の小さな水槽が
窮屈に見えるまでになった。
昨晩、近所の祭りで美弥が釣り上げたものだ。
「名前、つけなくちゃな」
「"ナオエ"は?直江さんに奢ってもらってとった金魚だもん」
「───死んだとき気まずいから、知り合いの名前はやめような?」
特に夜店の金魚は弱っていると聞くし。
「………そっか」
結局、名前は"金ちゃん"になった。
予想に反してその金魚はすくすくと育ち、仰木家の小さな水槽が
窮屈に見えるまでになった。