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「よぉ」
 橘家のチャイムを押すと、大事をとって学校を休んでいた橘が玄関先まで迎えに出てきてくれた。
 だから奥村は、遠慮がちに声をかけたのだ。
 腕に巻かれている真っ白な包帯が痛々しい橘は、ものすごく驚いた顔でこちらをみている。
「こんにちは、橘くん」
「ごめんねー、突然」
「怪我のほうはどう?」
 奥村の背後から、次々とクラスの女子達が声をかけた。
 決して奥村が一緒に行こうと誘った訳ではない。
 自分をだしにしたい女子達に散々せっつかれて、断りきれなかっただけなのだ。
 しかし。
「……奥村」
 じっとりと睨みつけてくる橘の背後に、『後で覚えてろよ』の吹き出しがみえる。
(ひぃっ………)
 奥村が冷や汗をかきながら見つめ返した橘の表情が、次の瞬間、しまったという顔になった。
「あらあらあら、こんなにたくさん」
 橘の母君が、嬉しそうな顔でやってきたからだ。
「義明さん、とにかく上がって頂きなさい」
「……はい」
 お邪魔しまーす、と次々に玄関に吸い込まれてい女子達を見届けた後で。
「で、どのお嬢さんがお嫁さん候補なのかしら?」
「お母さん……」
 真顔で尋ねてくる母親に、橘は頭が痛むとばかりに額に手をやった。
 百年前の幽霊は退治できても、自分の母親には勝てないのだな、と内心笑ってしまった奥村だった。
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 ちょうど帰宅したところに橘から電話があり、すぐ来いと言うから慌てて
駆けつけてみると。
「俺もまだまだ"ひよっこ"だな」
 公衆電話の前で待っていた橘がそんな風に言った。
「なんの話だ」
 不自然に垂れ下がったままの左腕を示されて、嫌な予感がしてくる。
「折れてるかもしれない」
「何だって!!ばかっ、すぐ病院に……」
「その前に」
 使える右手で奥村の腕を掴んでくる。
「怪我をしたとき、一緒にいたことにして欲しいんだ」
「何で」
「家族に心配をかけたくない」
 どうやらそのために呼び出されたようだった。
「……わかった」
 仕方なく頷いたが、家族に言えないような怪我の理由というのが気になる。
「喧嘩でもしたのか」
「似たようなものだ」
 奥村にも理由を話す気はないらしい。
 ため息をつきつつ、近くに転げ落ちたら骨折しそうな階段でもないかと
視線を走らせる。
 すると、30メートルほど先に、最近事故が多いと噂になっている交差点が
あることに気付いた。
「ここって……」
 さすがの奥村も、もしかしてと勘付いた。
「お前、"何"と喧嘩したんだ」
「……………」
「おい」
 言いよどんでいた橘は、ややして口を開く。
「性質は悪いが、せいぜい100年てとこだった」
「いったい"何"の話だよ」
「なんにしても、もう事故は起きないさ」
「おまえ………」
 立ち尽くしてしまう奥村に、
「病院、付き合ってくれるのか?くれないなら」
 橘は冷静に問いかけてくる。
 くれないなら、何だというのだろう。
「………付き合いますよ、どこまででも」
 奥村は拗ねたような顔で言うしかなかった。




『なあ例の事故、ちょうど近くの神社に空き巣が入った頃かららしいよ』
『つまりあの交差点の事故が多くなったのは、その神社の崇り?』

 教室で、最近話題になっている噂話の新情報に聞き耳を立てていた奥村は、
後ろの席の橘に話しかけた。
「聞いたか」
「ん?」
「あの近くの神社っていうと、御神体は平安あたりの御首じゃなかったか」
 家が寺を営む奥村はそんな話を聞いたことがあった。
 一体どこの交差点の話かもわかってないような橘からは、相槌すら返ってこない。
「きっと一千年前の幽霊だぜ。恐ろしいなあ」
「……何年経とうが元は人間だ。怖くはないさ」
「馬鹿。その人間が一千年間も恨みつらみを持ち続けてることが怖いんじゃないか」
「……そうか」
「そうだ」
「なら、四百年間ならどうだ」
「は?」
 質問の意図はよくわからなかったが、真面目に問いかけられているのはわかった。
「まあ、一千年に比べたら、まだまだ"ひよっこ"ってとこだろ」
 とたんに橘が笑い出す。
「"ひよっこ"か」
「……"ひよっこ"だよ。何がそんなにおかしいんだ」
「いいや」
 そのあとしばらくの間、橘の肩は揺れ続けた。




 作戦が無事に終了しアジトへ戻ってくると、報告もそこそこに酒盛りが始まった。
 いい加減赤鯨衆にも慣れてきた直江だが、この部分だけはとても馴染めそうにない。
 ところが、
「おおぉ~~う、たちばなっ!おんしも来んかいっ!」
 いつも通り絡んでくる早田を今日はうまくかわしきれず、一杯だけ付き合うことになった。
「たちばなかあっ!」
「めずらしいの~う!」
 ほぼ全裸に近い格好で盆踊りのような動きをしているお調子者の隊士を囃し立てながら、それぞれが皆、直江に声をかけてくる。
(これなんだ)
 人付き合いの距離が近い感じ。
 多分これで心を掴んだのだ。誰よりも寂しがりやなあのひとの。
 複雑な嫉妬心を感じながら一方で、直江自身も彼らに受け入れられていることを快しとしていることに、直江は気付いている。
 ぐい、と一呑みでコップを空にすると、
「おおっ!いいのみっぷりじゃあ!」
と嬉しそうに酒を注ぎ足してくる名前すら知らない隊士。
 こんな感情は邪魔なだけだ。
 赤鯨衆は切り捨てるべき存在。
 自分は高耶のことだけを考えていればいいのだ、と念じながら、直江は二杯目の酒に口をつけた。




「なんで変えた?」
 高耶が唐突に聞いてきた。
 今回は直江が一分隊を率いることになったのだが、その際の編隊を高耶の案から変更したことを怒っているようだ。
「同隊の者たちから提案があったので取り入れたまでです」
「これじゃあおまえの受け持ちが多すぎる。他の者の成長を妨げるようなことはするな」
 それにおまえが踏ん張りきれなければ、作戦そのものが瓦解する、と高耶は語調を強める。
「そうなったらそうなったで、彼らも自ら案を出したことへの責任を重く受け止める。いい成長のチャンスです」
「そんな危ういやり方は認められない。おまえ、いったいいつからそんなやり方をするようになったんだ」
 きっぱりと言い捨てた高耶に、直江は向き直った。
 確かに上杉の頃の自分は慎重派で通っていた。今回直江が組み直した案は、むしろ以前の景虎のものに近い。
 高耶のほうこそ、変わったのではないか。
「何をそんなに急いているんです?」
「……急いてなんかない」
「いいえ、焦ってる」
 そう言われて眼を逸らす高耶は、思い当たるところがあるような顔だ。
「高耶さん」
 少し柔らかく呼ぶと、高耶は顔をあげた。
「あなたが彼ら能力を引き出したいというのはよくわかる」
 おまえ達はもっと出来るんだ、という高耶の叱咤が、この作戦案からは滲み出している。
「けれど、あなたの想いはもう既に皆に伝わっています」
 だからこそ、彼らは自ら案を出してきたのだ。彼らは自分の能力をきちんと自覚している。
 ならば。
「私のことも信じてくれませんか」
 高耶が眼を瞠った。
 自分も昔とは違う。離れていた間、景虎の陰にいた時とはまるで違う景色を見続けてきた。
 もちろん今は高耶の傍らを勝ち取ることが第一ではあるが、それでも以前とは違った角度で高耶を支えていける自信はある。
「………わかった」
 驚いた顔をしていた高耶は、観念したように言った。そして、
「おまえを信じてないわけじゃない。………心配なんだ」
 揺れる瞳が切なげだ。
「わかってます」
 そう言って頷いてやると、高耶も小さく頷いてみせた。



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