「あれ?森野さん?」
(ひいいいいっ!)
成田家のポストの前で、沙織は頬を引き攣らせた。
(黙ってポストに入れて帰ろうと思ったのに!!)
だからわざわざ学校では渡さなかったというのに、タイミング良く(いや悪く?)、譲
が玄関から出てきてしまったのだ。
手にしていたチョコはあまりにも大きいから隠すこともできず、
「あの……これ……」
とおそるおそる差し出すと、
「おれに?ありがとう」
譲は天使のほほえみで受け取ってくれた。
その笑顔に若干のぼせつつ、譲がどこかへ出掛ける格好であることに気付く。
(まさか、女の子と会うとかっ?)
「どっ、どこかでかけるところ?」
「うん、高耶のところ。今日は家にいるはずなのに学校来なかったから、様子見に行こう
かと思って」
「ああ、そっか……」
このところ、仰木高耶は殆ど学校に姿を見せない。
詳しい事情は知らないが、たぶん例の幽霊退治絡みだ。
「あ、じゃあこれ、仰木くんに渡しといてもらえるかなあ?」
クラスメイト用の義理チョコを、一応高耶の分も用意しておいたのだ。
譲のものと比べるとかなり見劣りはするが、きちんと手作りしたものだから心はこもっ
ている。
「高耶に?……ねえ、それなら一緒に行かない?」
「え!?」
「あいつ、きっと喜ぶと思うよ?」
「ええ?そうかなあ………」
正直、仏頂面しか思い浮かばなかったが、譲と一緒にいられるのならそれはうれしい。
「じゃあ、行っちゃおうかなっ」
沙織は精一杯の笑顔で譲に笑いかけた。
(ひいいいいっ!)
成田家のポストの前で、沙織は頬を引き攣らせた。
(黙ってポストに入れて帰ろうと思ったのに!!)
だからわざわざ学校では渡さなかったというのに、タイミング良く(いや悪く?)、譲
が玄関から出てきてしまったのだ。
手にしていたチョコはあまりにも大きいから隠すこともできず、
「あの……これ……」
とおそるおそる差し出すと、
「おれに?ありがとう」
譲は天使のほほえみで受け取ってくれた。
その笑顔に若干のぼせつつ、譲がどこかへ出掛ける格好であることに気付く。
(まさか、女の子と会うとかっ?)
「どっ、どこかでかけるところ?」
「うん、高耶のところ。今日は家にいるはずなのに学校来なかったから、様子見に行こう
かと思って」
「ああ、そっか……」
このところ、仰木高耶は殆ど学校に姿を見せない。
詳しい事情は知らないが、たぶん例の幽霊退治絡みだ。
「あ、じゃあこれ、仰木くんに渡しといてもらえるかなあ?」
クラスメイト用の義理チョコを、一応高耶の分も用意しておいたのだ。
譲のものと比べるとかなり見劣りはするが、きちんと手作りしたものだから心はこもっ
ている。
「高耶に?……ねえ、それなら一緒に行かない?」
「え!?」
「あいつ、きっと喜ぶと思うよ?」
「ええ?そうかなあ………」
正直、仏頂面しか思い浮かばなかったが、譲と一緒にいられるのならそれはうれしい。
「じゃあ、行っちゃおうかなっ」
沙織は精一杯の笑顔で譲に笑いかけた。
PR
「はい、おにーちゃん」
「サンキュ」
毎年恒例、美弥からの手作りチョコレートを受け取って、高耶は礼を言った。
昨晩、遅くまで台所でバタバタやっていたのを知っていたから、お疲れさま、とも言っ
てやる。
テーブルの上には同じ包みがもうひとつ。
「お父さんは帰ってきてから食べるって」
「ふうん。………じゃあ、あれは誰にだよ」
リビングのソファに置かれた美弥の通学カバンの横に、高耶が貰ったものよりひとまわ
り大きい、しかもかなり気合の入ったラッピングのものが置かれていた。
「へへ、内緒」
「オレもそっちがいいな」
「中身は一緒だもん」
美弥はそれを大事そうに鞄にしまうと、
「じゃあいってきます!」
と元気よく言って家を出て行った。
ひとりになった部屋で、高耶は小さくため息をつく。
美弥はもう、朝、遅刻するよと高耶を起こすことはしなくなった。
暗示がよく効いているらしく、この時間になっても高耶が登校の支度をしていないこと
に疑問すら抱かないようだ。
とはいえ、今日は別に調伏旅行へ行く予定がある訳ではない。
本来ならきちんと登校すべきなんだろうが、
(行く気がしない)
今更あの退屈な授業を受けて、何になるというのだろう。バレンタインではしゃぐクラ
スメイトたちと顔を合わせたところで、気まずいだけだ。
(ひとりでいるのが一番楽だ)
もう誰かの顔色を見て気を揉んだりするのは疲れた。
心の底からそう思った。
「サンキュ」
毎年恒例、美弥からの手作りチョコレートを受け取って、高耶は礼を言った。
昨晩、遅くまで台所でバタバタやっていたのを知っていたから、お疲れさま、とも言っ
てやる。
テーブルの上には同じ包みがもうひとつ。
「お父さんは帰ってきてから食べるって」
「ふうん。………じゃあ、あれは誰にだよ」
リビングのソファに置かれた美弥の通学カバンの横に、高耶が貰ったものよりひとまわ
り大きい、しかもかなり気合の入ったラッピングのものが置かれていた。
「へへ、内緒」
「オレもそっちがいいな」
「中身は一緒だもん」
美弥はそれを大事そうに鞄にしまうと、
「じゃあいってきます!」
と元気よく言って家を出て行った。
ひとりになった部屋で、高耶は小さくため息をつく。
美弥はもう、朝、遅刻するよと高耶を起こすことはしなくなった。
暗示がよく効いているらしく、この時間になっても高耶が登校の支度をしていないこと
に疑問すら抱かないようだ。
とはいえ、今日は別に調伏旅行へ行く予定がある訳ではない。
本来ならきちんと登校すべきなんだろうが、
(行く気がしない)
今更あの退屈な授業を受けて、何になるというのだろう。バレンタインではしゃぐクラ
スメイトたちと顔を合わせたところで、気まずいだけだ。
(ひとりでいるのが一番楽だ)
もう誰かの顔色を見て気を揉んだりするのは疲れた。
心の底からそう思った。
「降りないんですか」
「……………」
何か言おうと思ったけど言うこともなくて、そのまま降りようとした高耶の腕を、直江の左手が強く掴んだ。
「待って」
そう言って、直江は何故かラジオをつける。
すると、にぎやかな音楽とともにカウントダウンの声が聞こえてきた。
5!4!3!
正に佳境に入ったその声に、高耶が思わず気を取られた瞬間、
「………っ……!?」
不意に唇が塞がれた。
2!1!! 明けまして、おめでとうございまあ~す!
お祭り騒ぎのラジオの音が流れる車内で、高耶は必死に顔を離そうと抗う。
やがて直江の唇が離れる頃には、高耶の呼吸は乱れきっていた。
「これで去年最後あなたと今年最初のあなたは俺のものになった」
行動とは裏腹に、直江の口調はひどく冷静だ。
「こんなんで……オレを手に入れたつもりか……っ」
高耶が必死に睨み付けると、鳶色の瞳がわずかに揺れた。
「あなたは永遠に手に入らない。それくらい知ってる」
再び直江の身体が近づいてきて、高耶は身構える。
「でも一時だけなら手に入る」
「こんなの手に入れたことにはならない……っ」
服の中に入ろうとする手を必死に押しとどめていたら、
「ん………っ」
今年二度目のキスも、簡単に許してしまった。
「……………」
何か言おうと思ったけど言うこともなくて、そのまま降りようとした高耶の腕を、直江の左手が強く掴んだ。
「待って」
そう言って、直江は何故かラジオをつける。
すると、にぎやかな音楽とともにカウントダウンの声が聞こえてきた。
5!4!3!
正に佳境に入ったその声に、高耶が思わず気を取られた瞬間、
「………っ……!?」
不意に唇が塞がれた。
2!1!! 明けまして、おめでとうございまあ~す!
お祭り騒ぎのラジオの音が流れる車内で、高耶は必死に顔を離そうと抗う。
やがて直江の唇が離れる頃には、高耶の呼吸は乱れきっていた。
「これで去年最後あなたと今年最初のあなたは俺のものになった」
行動とは裏腹に、直江の口調はひどく冷静だ。
「こんなんで……オレを手に入れたつもりか……っ」
高耶が必死に睨み付けると、鳶色の瞳がわずかに揺れた。
「あなたは永遠に手に入らない。それくらい知ってる」
再び直江の身体が近づいてきて、高耶は身構える。
「でも一時だけなら手に入る」
「こんなの手に入れたことにはならない……っ」
服の中に入ろうとする手を必死に押しとどめていたら、
「ん………っ」
今年二度目のキスも、簡単に許してしまった。
重苦しい気持ちを抱えながら足早に階段をかけ下りた高耶は、古い団地には不似合いな高級車が敷地内に入ってくるのに目を留めた。
その車がよく見知った車だったから、驚いて足を止める。
静かに停まった車の運転席から、黒い服をまとった男が降りてきた。
「………直江」
「例の調査の件、報告に上がりました」
こんな時間に連絡もなしにやってきた理由はそれらしい。
「………電話で済むだろう」
顔も見たくないとばかりに歩き出した高耶に、直江が声をかける。
「どこに行くんです」
「………コンビニ」
「送りますよ。報告は中で」
助手席のドアを開けた直江を前に少し考え込んだ高耶は、結局車に乗り込んだ。
大して重要でもない事件の報告を、相変わらず事務的な口調で直江は進めていく。
一通り聞き終えたところで、車はちょうど最寄のコンビニの駐車場へと滑り込んだ。
その車がよく見知った車だったから、驚いて足を止める。
静かに停まった車の運転席から、黒い服をまとった男が降りてきた。
「………直江」
「例の調査の件、報告に上がりました」
こんな時間に連絡もなしにやってきた理由はそれらしい。
「………電話で済むだろう」
顔も見たくないとばかりに歩き出した高耶に、直江が声をかける。
「どこに行くんです」
「………コンビニ」
「送りますよ。報告は中で」
助手席のドアを開けた直江を前に少し考え込んだ高耶は、結局車に乗り込んだ。
大して重要でもない事件の報告を、相変わらず事務的な口調で直江は進めていく。
一通り聞き終えたところで、車はちょうど最寄のコンビニの駐車場へと滑り込んだ。
高耶は自室で暇をもてあましていた。
居間では父親と妹がテレビを観ている。
父親と一緒にいるのが苦痛で、自室にこもっているのだ。
こんなことなら、《調伏》旅行にでも出ていたほうがましだった。
大きくため息をつくと、上着を着込んで身支度を整えた。
部屋を出て靴を履いていると美弥が慌ててやってくる。
「おにいちゃん!こんな時間にどこいくの?」
「コンビニ」
引き止められれば逆らえないから、顔を見ないようにして立ち上がる。
「もう、カウントダウンはじまっちゃうよ!」
閉まるドアの向こうで、美弥の悲しげな声が聞こえた。
居間では父親と妹がテレビを観ている。
父親と一緒にいるのが苦痛で、自室にこもっているのだ。
こんなことなら、《調伏》旅行にでも出ていたほうがましだった。
大きくため息をつくと、上着を着込んで身支度を整えた。
部屋を出て靴を履いていると美弥が慌ててやってくる。
「おにいちゃん!こんな時間にどこいくの?」
「コンビニ」
引き止められれば逆らえないから、顔を見ないようにして立ち上がる。
「もう、カウントダウンはじまっちゃうよ!」
閉まるドアの向こうで、美弥の悲しげな声が聞こえた。